皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

スポンサーリンク

林語堂ー近代作家、思想家、言語学者

翻訳論について、林語堂は「忠実・通順・美」(忠実・読みやすい・美しい)という見解を出しました。翻訳の三基準について彼は次のように語っています。

傅斯年ー中国近代史上の歴史・言語学者及び考古学者

1928年からずっと中央研究院歴史言語研究所の所長を勤め、研究所の出版物「歴史言語研究所集刊」を創刊、その編集長を兼任しました。1929年の春、歴史言語研究所は南の広州から北京に移り、傅斯年はまた、北京大学の教授を兼任しました。1932年、胡適が社長であった独立評論社に参加し、「独立評論」で蒋介石政権を擁護し、共産党に反対する政治文章を発表しました。

郁達夫ー中国近代的小説家、散文家、詩人

1921年、郭沫若らと共に「創造社」を創設し、1922年、帰国後、「創造季刊」、「創造週報」「創造日」「創造月刊」の編集に携わりました。また、八高時代の自分をモデルに異国に学ぶ孤独な青年の性の悶えと弱小民族の悲哀を描いた『沈淪』を1922年に出版し、問題作となりました。その後、安徽公立法政専門学校、北京大学、武昌師範大学、広州中山大学にて教鞭を執りました。

梁実秋ー中国近代的な文芸理論家、散文家、翻訳家

1923年、アメリカのハーバード大学に留学。1926年に帰国し、南京の東南大学で教鞭を執りました。そして翌年、上海で新聞「時事新報」文芸欄の編集に携わる傍ら、張禹九と共に雑誌「苦茶」を創刊しました。

朱自清ー中国近代の散文家、詩人、文学研究者

1925年、清華大学国語学部の教授となり、文学研究に携わる傍ら、散文の創作も本格的に始まりました。1928年、初めての散文集「背影」が出版されました。自らの目で見たことや心で感じたことが描かれ、その繊細さと素朴さで読者に多くの感動を与えました。

張恨水ー中国の近代小説家

1924年「世界晩報」夕刊・「夜光」の編集長となり、以来、数多くの恋愛小説を発表しました。代表作は「春明外史」、「金粉世家」、「啼笑姻縁」などです。1924年から1939年までの5年間、彼は絶頂期を迎え、「鴛鴦蝴蝶派」の代表的作家の一人となりました。

林徽因ー中国近代史上の女流詩人、小説家、建築家

30年代は詩歌の創作に従事し、新月派のメンバーの一人として活躍しました。彼女が作った詩「笑」、「深夜聞こえる音楽」、「ある夏の夜、山で」、「なくしてはならぬ」などは、緻密な描写、韻律の重視、音楽性に富んだ作風などが特徴です。短編小説「九十九度中」は、真夏の酷暑のなかで繰り広げられる北平(今の北京)での上流社会と下層の労働者の全く異なった生活を描きました。

ナビゲーション

新しいユーザ

  • federicoremer51613
  • hermelindapinkston87
  • robbinaslatt8268
  • joannconnor24974331
  • harrisonchitwood391

コンテンツ配信