皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

スポンサー

北京の地下鉄の旅 -張自忠路駅-

張自忠路はもともとは鉄獅子胡同と呼ばれていました。明、清、民国、共和国の何百年かの時空を経た歴史的な胡同です。数多くの歴史的人物と深く関わっている場所でもあります。袁世凱、孫文、宋慶齢、郭沫若、老舎、毛沢東、周恩来、劉少奇など、わたしたちが良く知る人物たちの名が挙げられます。

 抗日戦争が終わり、1947年3月13日に現在の張自忠路に改名されました。

 観光スポット

 段祺瑞執政府跡(段祺瑞执政府旧址)

 まだここが鉄獅子胡同だった頃、段祺瑞執政府の住所は「1号」だったため略称で「鉄1号」と呼ばれていました。清代ここには、和新王府、貝勒斐蘇府、和敬公王府という3つの府が置かれていました。清末期に和新王府、貝勒斐蘇府の建物は撤去され、レンガと木造づくりの楼閣が再建されました。ヨーロッパの伝統建築様式が用いられました。1912年に袁世凱が中華民国臨時大統領に就いた時、総統府と国務院はここに置かれました。

 アクセス:地下鉄A出口出て、張自忠路に沿って西へ50メートル。

 

 和敬公主府(和敬公主府)

北京の地下鉄の旅 ー東四駅(东四站)ー

昔からの北京っ子たちの間では、賑やかな繁華街を「東四西単鼓楼前(門)」と言っていました。現在の東四は元時代にはすでに商業地区として栄えていました。元大都城の成立後、この地は「旧枢密院角市」と呼ばれ、当時城内の三大商業地区の1つでした。明代永楽年に現在の東四十字路と向かい合う西四十字路にそれぞれ牌楼が作られました。この牌楼は、東西南北の四方に作られたため「四牌楼」と呼ばれました。清康煕年38年(1699年)に火災の被害に遭い、その後再建されましたが、1954年に撤去されました。

 観光スポット

 隆福寺通り(隆福寺街)

 通りの名前はお寺に由来しています。隆福寺は明の景泰3年(1425年)に建てられ、明代では都で唯一の異民族の寺であり、僧侶が駐在するお寺でした。清代には完全にラマ教の廟となりました。隆福寺はかつて北京で最も有名な廟会(縁日)が催されていました。東にあることから、護国寺に対し東廟と呼ばれました。建国後、北京の街の建設に伴い、隆福寺にあったもともとの建築は撤去され始め、文革時代に完全に取り壊されました。隆福寺の軽食は今でも有名で、老舗が軒を連ねています。またここは古本屋が多いことでも知られています。

北京の地下鉄の旅 ー灯市口駅ー

灯市口駅(灯市口站)

 その名の通り灯市口の名前は京城の「灯市」に由来しています。「灯市」とは「元宵節(旧暦1月15日の伝統的な節句)」に使われる飾り提灯を売る市や提灯で飾られた街のことです。灯市はもともと五鳳楼(紫禁城の正門)に設置されていましたが、その後現在の東華門外の灯市口大街一帯に移りました。

 灯市が行われている間は、昼は市場、夜は明かりが掲げられました。道の両脇には飾りつけられた小屋が立ち並び、さまざまなデザインの飾り提灯が通りの端から端まで掲げられました。小屋の上に布を張り、酒を出す店もあり、当時の高官や身分の高い人々がこれらの店を貸切り、提灯の眺めを楽しみました。提灯のほかにも、音楽や雑技の出し物も催され、大変賑やかでした。

 清の時代になり、この当たりは旗人(清朝の八旗に属する人)の居住地となり、漢民族は全て前三門以外に移り、東華門外の灯市の城壁の外へと移されました。現在、残念ながら灯市は失われ、その名前のみが地名となって残っています。

 観光スポット

中華聖書会遺址(中华圣经会遗址)

北京の地下鉄の旅 ー崇文門駅ー

元代に大都城(元代の帝都)がつくられ、当時ここには文明門という門がありました。1419年に門は建てかえられましたが、その名は変わらず、1439年になって現在の崇文門に改名されました。

 清代の都のお酒はほとんどが河北の涿州から運ばれたもので、北京の南の通路が使われました。酒を運んできた車はまず外城の左安門から入り、崇文門で税金を納めました。当時、城内で売られていたお酒の看板には「南路焼酒」という文字が書かれていました。これは「納税済み」を示していました。

 そしてここには、まだ城壁が明城壁遺跡公園として残っており、かつての都の様子を伺い知ることができます。

 観光スポット

東交民巷(东交民巷)

北京の地下鉄の旅 ー磁器口駅ー

磁器口駅(磁漆口站)

 現在の磁器口駅がある場所は、明朝時代には「蒜市口南街」と呼ばれていました。後に、この通りには、「景徳軒」や「精品閣」という2つの大きな陶磁器店ができ、毎日多くの客が訪れるようになりました。やがて、その名が北京市内に広まり、清朝光緒年に磁器口と名が改められました。以来、この通りの両側には、陶磁器を扱う店が並ぶようになり、名実ともに「陶磁器通り」となりました。

 観光スポット

 花市清真寺

 明朝永楽年(1415年)に創建されたモスクで、北京にあるイスラム教4大モスクの1つです。現存する礼拝殿の中には2本の「孔雀の木」と呼ばれる横木があります。この木は独特な香りがあり、虫除けの効果があると言われています。

 アクセス:地下鉄A出口出て、道を渡り崇文門外大街に沿って北へ。

 西花市大街を右へ曲ってすぐ。

 南薬王廟(南药王庙)

ページ

スポンサー