皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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青は藍より出でて藍より青し

――学生時代デキの悪かった人が教師になってもいいの?

 "青出于藍而勝于藍"「 青は藍より出でて藍より青し」

 この言葉は、今から2000年前に、中国の戦国時代の思想家、荀子(じゅんし)が学問の重要性を説明するために使った言葉です。青色の染料は藍(あい)という草から作られますが、その色は藍という草の色よりもさらに青い。つまり、もとになった物よりも、それからできた物の方が優れている。学問も積み重ねによって、さらに発展するということを表します。

 そのほかにも、中国ではこれと似たような意味を表す言葉が多くあります。

 "教学相長"「教学あいちょうず」。人に教えることと、人から学ぶことは、互いに作用しあうという意味です。

 また、唐の時代の有名な文学者・思想家、韓愈(かんゆ)がこんな話を語ったことがあります。"弟子不必不如師,師不必賢于弟子。"「弟子が師に及ばないとは限らないし、師が弟子よりもすぐれているとは限らない。」

養いて教えざるは「親」の過ちなり

中国では、昔から伝わる儒教の教え「三字経」には、こんな話があります「養不教、父之過」

これは直訳すれば、「養いて教えざるは父親の過ちなり」。今の言葉に言い換えますと、子供を生んでも躾をちゃんとしなければ父親の過ちだ。昔、中国の女性は社会的な地位が低く、女性は学問や知識、才能がないからこそ、家庭にふさわしいという伝統な道徳観がありました。子供の教育はもっぱら父親の責任といわれました。今は男女平等ですから、今風に言うと、「子供のしつけがよくないのは、親のせい」。この方がより適切なんじゃないかって思います。

花と蝶々、この時期に相応しい中国の古い話

解語の花

 「解語の花」文字通り、言葉が解かる花。ここでは花は女性のたとえです。つまり、言葉を理解する美しい女性ということです。

 この言葉は元来、中国の唐の時代の有名な美人、楊貴妃のたとえです。楊貴妃は日本でもよく知られているようですね。玄宗皇帝の寵愛を受け、皇帝は彼女を喜ばせるために、彼女の大好物のライチを、早馬に乗った使いに、今の広東から西安まで、運ばせていました。二人の熱愛を描く詩歌や伝説など、中国にはいっぱい残されてきました。この楊貴妃は、「安史の乱」で、兵士たち怒りを鎮めるために絞殺されたと言われるんですが、実は生き延びて、最後に日本にたどり着いたという驚きの伝説もあります。

 楊貴妃に由来する「解語の花」ですが、唐の皇帝と妃たちが住む宮殿には、太液池という池があります。この池には、白い蓮の花が咲き乱れています。ある日のこと、唐の玄宗皇帝は、この池のほとりで宴会を開き、皇族の人たちと一緒に、蓮の花を観賞していました。幻想的でとても美しかった蓮の花に、人々は見とれて、この花を誉め称えました。すると、玄宗は微笑んで、そばに立っている妃を指差しながら、こう言いました。

 「どうじゃ、池の蓮の美しさも、この言葉の解かる花には及ぶまい。」

桃源郷

「桃源郷」は、今からおよそ1600年ぐらい前に、中国の晋の時代の詩人、陶淵明が「桃花源記」に描いた理想郷です。詩人、陶淵明はその詩、「桃花源記」ならびに序の中で、桃の花に囲まれた別世界を描きました。現在では、桃花源記の詩より、その序文のほうがよく読まれています。

 「桃源郷」という言葉は、日本でもよく使われています。でも、その出典が中国の詩だということを知っている人はどのくらいいるでしょうか?中国では、中学二年生の国語の教科書に載り、暗記を要求されるので、広く知られています。  

 では、ウィキペディアの訳文を引用して、その内容をご紹介しましょう。

 晋の太元年間(376年 - 396年)、武陵(湖南省)に漁師の男がいた。ある日、山奥へ谷川に沿って船を漕いで遡って行った。どこまで行ったか分からないくらい上流まで来ると、突如、桃の木だけが生え、桃の花が一面に咲き乱れる林が両岸に広がった。その香り、美しさ、花びらが舞う様子に心を魅かれた。

 男は、その水源を探ろうと、さらに桃の花の中を遡り、ついにその水源に行き当たった。そこは山になっていて、山腹に人が一人通り抜けられるかどうかの穴があった。その穴の奥から光が見えたので、男は穴の中に入っていった。

『聊斎志異』に載ったゾッとする話「画皮」

夏の名物と言えばやっぱりお化け、怪談、ホラーですよね!映像コンテンツに関する調査によりますと、ホラーを見ると涼しくなると回答した人は38%で、体感温度がなんと平均4.9度も涼しくなると感じているということです。夏になると、特に、蒸し暑い夜、無性にホラーや怪談映画など見たくなる人が、大勢いると思います。

 中国では昔、仙人や狐鬼(こき)、妖怪などを描く怪談が多く伝わっていました。その中で、一番有名なのは、清の時代の怪異小説集、「聊斎志異」です。作者は、蒲松齢です。小説の内容は仙人、幽霊、狐狸の怪異譚で、当時世間で口から口へと伝わっていたものを筆記してまとめたものです。491篇の短編小説から構成されています。

 私は小学5年生の時、古文の勉強として、原文を読みました。その人間界と交錯していた怪異の世界に惹かれながら、背中に冷や冷やと感じた覚えがあります。小説に書かれている話は、さえない受験生のもとに美女に化けた狐やら幽霊やらがやってくるというものが多いです。神秘さや不思議を感じますが、人間よりも善良な狐や幽霊が多いからでしょうか、あまり怖くありません。

 その中で、珍しく本当にゾッとする話もあります。「古典エナジー」、今回は、この真夏の暑さを吹き飛ばすために、「聊斎志異」の中であの最もゾッとする話をご紹介します。

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