皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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東直門駅

東直門は元代に建設され、崇仁門と呼ばれていました。明代初めに改築され、明の洪武年間に現在の東直門となりました。北京城が建設される際、材料となる木材の運搬口であったため「木門」と呼ばれていたそうです。この門は北京内城にあった九つも門の中で一番小さな門でした。しかし、現在は長距離バスの発着所やバスステーションがあり東エリアの交通の中心となっています。バスのほか、地下鉄2号線の乗り換え駅、そして空港線の発着駅でもあり、いつも旅行者の姿が絶えない場所です。

観光スポット

南館公園

 現在の南館公園がある場所はもともと銅工場でした。1956年に北京市は緑地化計画を進め公園となりました。公園の北側にはロシア大使館があり、大使館が置かれる前には北京で初めて造られたギリシア正教の教会がありました。ここが一般には「南館」と呼ばれていたことにちなみ、南館公園となりました。

アクセス:地下鉄A出口出て、東直門内大街に沿って西へ。

東直門内北中街を右折し北へ。

中国医史博物館

五道口駅

五道口は「北京の国連」のような場所です。高校や大学がたくさんあります。語言大学、清華大学、北京大学などなど。とりわけ語言大学には世界各国からの留学生が中国語を学んでいます。ここには100を以上の異なる地域からやってきた外国人留学生が集まる場所と言われています。そのため、中国でありながら、様々な文化の片鱗が感じられる場所です。カフェや多国籍のレストランも多く、各国のグルメも楽しめます。とりわけ韓国人学生が多いため、街も韓国色が濃く、歩いているとハングル語が聞こえることも珍しくありません。

 観光スポット

 北京語言大学

 この大学の建物はこのエリアのランドマーク的な役割を果たしています。「万国壁」と言われる壁には160カ国の国名が刻まれています。160カ国からおよそ7000名を超える学生が在籍しており、「ミニ国連」とも表され中国学習に最適の大学です。2008年に北京オリンピックが開催された際には、「ミニ五輪」という言い方も登場しました。キャンパス内を歩けば、韓国のチマチョゴリ、日本の和服、タイの織物、メキシコの麦わら帽子など、各国を代表する品々を見ることができます。

大鐘寺駅

北京で大鐘寺と言えば、多くの人がインテリア商業区や家具販売市場、アンティーク取引場を思い浮かべるかもしれません。大鐘寺そのものと境内にある国宝級の文物を連想する人は少なく、ここには古鐘博物館があることを知る人はさらに少ないでしょう。

 現在、駅周辺には中国政法大学、中央財経大学、首都体育学院などがあり、文化的な雰囲気が感じられます。

 観光スポット

 大鐘寺古鐘博物館(大钟寺古钟博物馆)

 大鐘寺はもともと覚生寺という名前でした。清代には重要視されていた寺院の1つで清代の文献によれば、北京には291箇所の寺院があり、このうち大鐘寺は万善殿や万寿寺に続くものでした。創建は1733年で雍正帝の命令で造られました。現在寺院の山門の上に掲げられている額は雍正帝が書いたものです。

 かつて寺院に残された文物は多くが失われましたが、博物館には永楽大鐘と鐘器が収蔵されています。もともとは寺院のものではありませんが、宋代のものもあります。最大で最古の鐘は永楽大鐘で、寺の名前はこの鐘に由来しています。

 アクセス:地下鉄A出口出て、北へ。北三環路をそのまま渡り、北三環路に沿って西へ徒歩5分。

北京地下鉄のたび ―西単駅―

西単は現在、若者に一番人気のエリアであり、昔から商業地区として栄えてきた場所です。周囲には高層ビルが林立し、人の流れも多く、北京で西単の名前を知らない人はいないぐらいですが、その名前の由来を知る人はあまりいません。

 元々ここには、牌楼と呼ばれる木で作られた屋根つきの門がありました。これが西単牌楼と名づけられ、人々には「西単」と呼ばれました。西単牌楼には、「眺雲」の二文字が、そして、対として東に作られた東単牌楼には、「就日」の二文字が掲げられました。これは「東に日の出を見、西に彩雲を見る」という意味です。1916年、袁世凱がこの二文字をそれぞれ「景星」と「慶雲」に改めたというエピソードも残っています。1954年に学者らの反対があったにも関わらず、道路拡張のため、撤去され、「西単」、「東単」の名前だけが残りました。

 北京オリンピックが開催された2008年に、西単文化広場に新たに西単牌楼が再建されました。

 観光スポット

 民族文化宮博物館

 1959年に、中国成立10周年記念の十大建築の一つとして建てられました。全国55民族の文物およそ5万件を収蔵しています。収蔵品の種類と量は国内の民族博物館の中でも群を抜いています。

老舎記念館(下)

「老舎記念館」の張文生さんの案内で、中の散策を続けましょう。正面の母屋は生活の拠点でしたが、両脇の部屋には、老舎の足跡や作品が並んでいます。老舎が苦労して学校を出たことは前回、お伝えしましたが、最初から小説を書いたわけではなく、北京や天津で教育の仕事に携わりました。1924年から5年間は、イギリスのロンドン大学東方学院に招かれ、中国語を教え、ひまを見つけては創作活動に取り組みました。

 1930年に中国に戻った老舎は、山東省の大学で教鞭をとり始めました。夫人と知り合ったのもこの時代。職業作家としてはじめて取り組んだ作品「駱駝祥子」もこのころのものです。この作品は日本でも翻訳、出版されており、映画も公開されました。舞台は旧社会の北京です。農村育ちで身寄りもない祥子が、北京に出てきて人力車夫になります。必死で働き、お金をため、底辺の生活から脱出を果たそうとする祥子。しかし、次々に襲ってくる悲惨な運命。人をけだもののように変えた旧社会を強く非難するメッセージを発した作品でした。

 張文生さんによりますと、老舎は生涯で900万字にのぼる作品を残したそうです。それがすべて、出版されているわけではありません。抗日戦争の多くの文芸作品を書き、新中国成立後は新劇作品にも取り組みました。いま、彼の作品は38カ国語に訳されているそうです。

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