皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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中国の贈り物習俗

いささかな贈り物でも深い情誼

贈り物をするときは、具体的な状況を考慮すべきです。一般的に家庭パティーに参加する場合は、主婦に花束・果物・特産など簡単な贈り物をすべきです。その家に子供がいる場合は、玩具・菓子などを贈ります。婚礼に参加する場合は、飾り物などのほか、花束や実用品を贈ります。新年・祝祭日の場合は、暦・酒・茶・菓子・タバコなどを贈ります。 

贈り物を渡す時機と方式

書く芸術--中国の書道

「書道」は字を書く芸術です。文字のある民族なら「書道」もあると言いますが,字を書く書道は全部芸術になるとは言えません。中国漢字書道が独立な芸術になる原因はこれは「図画性」が強い象形表意文字として,独特な形体結構点、横、縦、釣、捺などの筆画と独特な書き道具毛筆があるからです。書き者の字形、筆画「美」に対する追求は書道を民族美感、主観意味を表現し,移情できる芸術です。
実用はいつも審美の前です。言葉を記録する書き道具としての漢字は,必然に複雑な「図画」を簡単な「図画」に変えます。大篆が小篆に変化したのは,中国古文字発展の終結を標識します。「隶書」の出現は漢字の質の変化を発生させました。やはり漢字が「古」から「今」に転折した表現です。隶書の成熟、発展したのは東漢(紀元25-紀元220)時期です。草書の出現は,漢字を書道で極大な変化を発生させました。

紀元713年で建設した世界最大の大仏――楽山大仏

峨寺で修業していた唐代の名僧海通は唐玄宗の開元元年(紀元713年)から大仏の建造をはじめ、90年をかけてこの世界最大の弥勒仏像を彫り上げた。大仏は山をひかえておごそかに鎮座し、高さ71メートル、頭の高さは14.7メートル、直径10メートル、一本の足だけで幅5.5メートル、長さ11メートルで、その上に百人ほどの人が座れる。

峨眉山は成都平原の西南にそびえ立ち、遠くからは少女の細長い眉毛のように見えるので、峨眉山と名づけられた。最も高い万仏頂は標高3099メートルもある。峨眉山の前山は岩石や谷間が多く、草や木に覆われ、滝も泉もそれぞれ姿が異なる。後山は絶壁がそびえ立ち、雲が湧き立ち、人々に畏怖を感じさせるものがある。伝説によると、普賢菩薩がここで姿を現わして説法をしたことがあるという。それゆえに、峨眉山は中国4大仏教の名山の一つとなったのである。いまでも山の中の報国寺、万年寺、仙峰寺、洗象池、金頂などの古い寺が10カ所ほど保存されており、仏教徒たちがこれらの寺で修業している。

第11課-ええ。マグロの刺身は日本の伝統食品です。

ええ。マグロの刺身は日本の伝統食品です。

 是的。金枪鱼的生鱼片,是日本传统食品的代表。

 私たちは彼らから管理理念と生産技術を学ぼうと思っています。

 我们打算向他们学习管理理念和生产技术。

 では、単語と言葉を説明します。

 一つ目:伝統的なーー「传统」の「传」は第2声、「统」は第3声です。

 二つ目:動作の対象を導く介詞。「向」は第4声です。

 次は「キーポイントをマスターしよう」のコーナーです。今日は「跟」の使い方について、お話します。

 「跟」は「から、あとについていく、…について…する」という意味です。例えば、

 ガイドの後について行く。

 跟着向导走。

 先生の後について読んでください。  

 请跟老师念。

 では、テキストの例文を読んでみてください。

 パソコンを学ぶなら彼から教わるべきです。

 学电脑的话,应该跟他学。

 先生から本を一冊借りています。

 我跟老师借了一本书。

中国の民族宗教―道教

道教は中国の伝統文化の一部分である。それは儒教・仏教と補い合って中国の人々に信仰を強く与えている。かって学者たちは、中国が宗教の薄弱な国家であると考えていたが、これは誤解である。統治者が西洋の各国の教会よりさらに強大な宗教の力に頼らなければ、人口が多く国土の広大なこの大国で数千年に及ぶほど長い間中華文明が維持されたはずがない。
中国における所謂民族宗教といえるものとして紀元前二世紀頃発生した道教がある。また、紀元前一世紀にインドより渡来した仏教は中国の社会・宗教思想に深刻な影響を与え、ゾロアスター教、マニ教、景教、イスラーム教、キリスト教なども影響を与えた。
中国では、神々の意志は、一方的に自然や人間界の中に現れるのではなく、人間の行為のあり方が天地の状態が反映すると信じられていた。道徳的な行為を通して、人間は宇宙の創造に参加し、その運動に対し必須の責任を負うとされていたのである。中国のパンテオンの原像は祖先神と自然神の二つを柱とし、両者が至上神たる上帝により統合されるような構成を持っていた。

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