陳三立ー詩人
Submitted by whenis on Sat, 12/10/2016 - 10:351936年、国際ペンクラブの総会がイギリスのロンドンで開かれ、中国代表も招請を受けました。中国政府は新文学の代表・胡適と旧文学の代表・陳三立の2人を派遣しましたが、陳三立はその年、既に84歳。健康上の理由で、結局、出席することが出来なくなりました。
1937年、「芦溝橋事変」が勃発。抗日戦争が全面的に始まりました。陳三立は日本侵略軍に妥協しない姿勢を見せ、絶食を実行。その5日後、亡くなりました。
「戊戍政変」失敗の後、陳三立とその父、陳宝箴が維新派として辞任させられました。その後、陳宝箴は西太后から自害を命ぜられました。父親の死は陳三立にとって大きな打撃となりました。そして彼はそれ以降、政治に対して大きく失望し、仏教や詩の世界に傾倒するようになりました。1924年、インドの詩人・「タゴール」が上海を訪問した時、わざわざ陳三立を訪ねました。アジアにある二つの古い文明国の詩人が杭州で会い、互いに詩集を贈り合い、ともに記念写真を取りました。