皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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中国電影博物館

中国はインドと並ぶ映画大国です。年間300本以上が製作され、外国での上映の機会も増えています。「紅いコーリャン(中国語名:紅高梁)」「初恋の来た道(我的父親母親)」「心の湯(洗澡)」「山の郵便配達(那山那人那狗)」といった作品は日本でも評判を呼びました。最近では高倉健さんが出演した中日の合作映画「単騎千里を走る」も作られました。   

 そんな映画の国にふさわしい博物館、中国電影博物館が2月10日に北京にオープンしました。ちなみに電影は中国で映画のこと。今回の「博物館めぐり」は映画の旅に出かけましょう。   

 博物館はアジア最大規模という触れ込みです。映画博物館が必要だと声をあげたのは、1958年、時の周恩来総理だったのです。しかし、具体化したのは改革開放政策が始まってからで、2002年に着工され、建物は3年がかりで完成し、一年の準備時間を経てオープンにこぎつけたわけです。   

 世界で初めて映画が上映されたのは1895年のフランスです。一方、中国で初の無声映画が作られたのは1905年ですから、この博物館は中国映画100年の歴史を反映しているともいえます。

北京古代建築博物館

歴史の都、北京には博物館や記念館がいくつぐらいあるのでしょうか。インターネットで検索し、地図で捜してみました。その結果、170を超す施設が見つかりました。一時閉鎖中や改築中のところもあるようですから、実際はもっと多いかもしれません。多くの特色のあるなかで、今回紹介するのは、古建築をテーマにした博物館、北京古代建築博物館です。建築と名づけた博物館は全国でもここだけです。

 この博物館は北京の南、「先農壇」の中にあります。壇とは、古代に祭りや祈りごとなどの行事に使われた台のことです。「天壇公園」は有名ですが、ここは天を祭るところ。となれば、古代建築博物館は農業と関係ありそうです。

 1991年9月に一般公開が始まり、原始社会から明・清の時代に至るまでの建築の特色が分かるようになっています。中国は農業大国です。春先には豊作を祈り、秋には収穫に感謝する皇帝の儀式が、この先農壇で行われたのです。明の都は当初、南京にあり、同じような台は「山川壇」と呼ばれたものがありました。北京に都が移ってから、作られたのが先農壇。これに四合院式の建物が一体となっています。

 博物館はその建物を利用した形になっています。中心となる太歳殿に入ると、横長の大きな絵が目に入ります。清の雍正帝がたくさんの御つきを従えて、豊作を祈っている図です。

北京鐘鼓楼文物保管所

元、明、清と三代にわたって北京の人たちに時を告げつづけた場所、それが鐘楼と鼓楼でした。鐘はゴーンという鐘、鼓はドン、ドン、ドンという太鼓です。今回の博物館めぐりは、この北京鐘鼓楼文物保管所、故宮の北、北海公園に近いところに建つ鐘鼓楼です。

 明の時代、1420年に建てられたといいますが、火災などもあり、今、お目にかかれるのは、1749年、清の時代に改築されたものです。

 鼓楼には一つの大太鼓と24の小太鼓がありました。昔、中国では、2時間をひとくくりにして「更」と呼びました。水時計が正確な「更」を告げると、これを聞いた太鼓の打ち手25人が、リーダーの指示のもとで太鼓をたたくのです。そして、鐘がつかれます。太鼓と鐘、合わせて108回、これら「更夫」と呼ばれる人たちで、市民に時間が伝えられたのです。複製品ですが、水時計も鼓楼には残っており、30分に1回で、太鼓の実演を見ることもできます。

 太鼓と鐘の音は、いまの前門あたりまで伝わったといいますから、まさに都のシンボルだったのでしょう。ところで「更夫」さんたち、うっかりして太鼓をたたくのを忘れたりしなかったのでしょうか。文物保管所の朱英麗さんに聞いてみたら、「記録にそんなことが残っていませんが、みんな大きな使命感を持っていたはずですよ」とのことでした。

中国国家博物館

中国国家博物館は、天安門広場の東側に建つ威風堂々の博物館。中華民族の歴史が一目で分かります。大小合わせれば、中国には2300の博物館、記念館の「歴史の現場」がある、といわれますが、その頂点に立つのが、この国家博物館です。

 建物は、新中国成立10年後の1959年に建てられました。当初は、「中国歴史博物館」としてスタート、「中国革命博物館」も設けられました。二つが合併して、今の形になったのは、2003年2月末のことです。広さは6.5万平方メートル、08年の北京オリンピックまでには15万平方メートルになる予定です。

 収蔵品は30万点。このうち、陳列されている文物は1万点。ぶらぶら歩きしていたら、2ー3時間はかかるでしょう。今、常設展で人気があるのは、「蝋人形」で知る中国・世界のコーナーです。中国初の宇宙船「神船6号」の飛行士の笑顔に迎えられて展示室に入ると、孔子、孟子、毛沢東、トウ小平といった要人に出会うことができます。

 ニュートン、ピカソ、マリリン・モンローなど故人ばかりでなく、なんとビル・ゲイツもいます。みんな等身大、本当に生きているようです。それぞれの説明文を見ながら、歴史がしのべます。

古陶文明博物館

路東之さんは1962年、北京生まれの画家です。幅広い活動をしている芸術家といってもいいでしょう。学生時代には数多くの美術展に出品して入賞したほか、ルポルタージュも手がけ、中国作家協会のメンバーにもなっています。その路さんが、運営しているのが古陶文明博物館です。北京の古い町並みが残る宣武区右安門内西街にある小さな博物館です。

 ここに展示されているのは、新石器時代から秦、漢の時代にかけての泥細工、瓦(かわら)、陶器です。収蔵品は3000点。このうち、2000点ぐらいが並んでいるそうです。初期のかわらには鳥や動物の姿がかたどられていますが、やがて、太陽や宇宙を連想させる模様も登場します。こうした模様は権力者の象徴、つまり、権力者の家でなければ、かわらは使えなかった、ということでしょう。  

 陶器は、水や酒を入れる容器、食器など生活用品に使われました。その後は、門の扉の部分やお墓にも利用されるようになりました。展示されている一つ一つを見ながらホールを歩いていくと、はるか昔の庶民の生活ぶりがしのばれます。

 他の人が感じられないことをやっていくのが、芸術家の役割であり、仕事だと路東之さんは言います。そして、この博物館は、来年、開館10周年を迎えます。

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