中国茶の歴史

皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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中国茶の歴史

中国の叙事詩『孔雀東南飛』②

中国の漢の末期、200年ごろ、現在の安徽省にあたる廬江郡の役所に焦仲卿という下級役人がいました。妻の劉蘭芝とは、とても夫婦仲がいいのですが、焦の母親はこの嫁を気に入らず、実家に追い返してしまいました。実家に戻っても嫁の劉蘭芝は再婚はしないと決意しました。しかし、家族に再婚を強要され、結局、川に飛び込み自殺してしまいました。夫の焦はそれを聞いて、庭の木に首を吊り、後を追いました。当時の人はこの悲しい話を聞き、詩として書き残しました。詩のタイトルは「孔雀東南飛(孔雀が南東に向かって飛んでいく)です。

 「古典エナジー」、今回は、前回に続き、中国古代叙事詩の名作「孔雀東南飛」をお届けします。前回は聡明で勤勉なお嫁さん劉蘭芝は、姑とは上手くいかず、いざこざが絶えませんでした。夫、焦仲卿は間に入るのですがうまく行きません。逆に自分の母親から新しい女性を紹介してあげるから、その嫁とさっさと別れなさいと、強く求められます。劉蘭芝は余儀なく夫や小姑と別れ、実家に戻りました。夫婦二人は愛を絶対裏切らないと誓い、別れました。前回の番組では、ここまでご紹介しました。今回はその続きをお届けします。

 実家に戻った劉蘭芝は、夫の家から追い出された訳ですから、とても恥ずかしい思いです。劉蘭芝の母親は娘が帰ってきたのを見て、驚きました。両手を叩き、こんな風に言いました。

老子に教えられた成功の道

「古典エナジー」、前回は、「老子を知ろう」というタイトルで、老子の生い立ちなどをご紹介しました。今回は「老子に教えられた成功の道」をテーマにしたいと思います。

 成功、出世というものは誰でも望むことですね。もちろん、人によって成功や出世というものの理解が異なりますが、人生にとって永遠のテーマだということは、間違いないでしょう。清の時代の学者、魏源は老子の「道徳経」を解説する本を書いたことがあります。「道徳経」は「救世の書」と称えました。「救世の書」、つまり世界を救う本という事ですから、角度を変えて見ると、人々の成功を指導してくれる本でもありますね。

ぼんやりとした成功の道

中国古代の女性作家~李清照①

李清照(1084年~1155年)は中国で、最も偉大な女性文学者の一人です。李清照は北宋末期から南宋初期に生きていました。その時、一番隆盛したのは、宋詞です。「詞」は字数、句数、押韻の決まったパターンに字を当て嵌めて作る韻文です。曲にあわせて書かれます。当時では全部歌になって歌うことができました。なので、歌謡文芸の一つとも呼ばれます。

 李清照は現在の山東省済南市の所轄、章丘市に生まれました。その父親も文学者として有名です。家にはたくさんの書籍を収蔵しています。そんな家で豊かで天真爛漫な幼少時代を送りました。18歳の時、結婚しました。夫は当時太学の学生だった趙明誠です。太学とは当時の中国の一番レベルの高い教育機関です。日本で言えば東京大学、今の中国で言えば、北京大学か清華大学に当たると思います。趙明誠は当時学生でありながら、鐘や鼎、石碑などに刻されている古代の文字を研究する金石学者として、すでに名が知られていました。二人は書画の収集・整理など学術研究の分野で同じような趣味を持っています。それが、夫婦円満の秘訣となり、幸せな結婚生活を送っていました。後に清照は夫の著作『金石録』の編纂を手伝う事になりました。しかし、結婚1年後、政争のために、夫とやむを得ず別居するようになり、二、三年の間分かれて過ごしました。

中国古代の女性作家~李清照

李清照は北宋の末期から南宋の初期に生きていました。文人の家に生まれ、天真爛漫な少女時代をすごしました。そして、素敵な知識人の男性、趙明誠と結婚して、文化財の収集という共通の趣味を持ち、幸せな結婚生活を送っていました。

 しかし、李清照にとって、このような幸せな人生は44歳まででした。その後の人生は、国の動乱に翻弄され、波乱万丈なものになりました。それに影響され、清照の作風もガラッ変わりました。

唐代の女流詩人~薛涛

「古典エナジー」、今日は、中国の中唐時代の女流詩人、薛涛の生い立ちやその詩をご紹介します。

 中唐時代とは

 唐の時代はとても長く、300年あまりにわたります。長いので大きく4つに分けられます。初唐(唐の初期)、盛唐(唐の絶頂期)、中唐と晩唐になります。

 長いだけあって、唐の時代には、いろいろな文化が花咲きました。その中で、詩が主な文学様式として栄えました。中唐の文壇では、白居易や、元稹(げんしん)、韓愈、李賀など、有名な詩人が輩出しました。詩風は前の時代よりもバリエーションを持つようになりました。その中で、一人の女流詩人が、その身分と才能によって、大勢の人々に注目されました。その女性は女流詩人薛涛(せつとう)です。

 薛涛の生い立ち

 768に生まれ、831年に63歳で亡くなりました。ちょうど中唐の時代に当たります。父の赴任と共に、蜀、今の四川省の省都、成都に来ました。

 小さいころから詩を作る才能があります。具体的にいいますと、しっかりと韻を踏み、内容や文字数、韻律が整った文を作ることを身に付いたという意味です。

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