鄭振鐸ー中国近代的作家、文学評論家、考古学者
皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。
私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。
1949年以降、中国文物局局長、考古研究所所長、文学研究所所長、文化省次官、中国民間研究会副主席などを歴任。政治活動に携わった10年間、何度も代表団を率いて外国を訪問。1951年には、中国文化芸術代表団を率いてインドとミャンマーを訪問しました。そして1958年10月17日、アフガニスタンなどを訪問中、飛行機の墜落事故で亡くなりました。主な著作は短篇小説集「家庭の物語」、「桂公塘」、散文集「山中雑記」などです。
1917年、北京鉄道管理学校に入学。「五・四」運動勃発後は、学生代表として運動に参加し、また瞿秋白らと共に雑誌「新社会」を作りました。1920年11月、瀋雁氷、葉紹鈞らと共に「文学研究会」を発足させ、その機関雑誌「文学週刊」の編集長を担当。「文学研究会叢書」を編集、出版しました。1923年1月、瀋雁氷に代わって、「小説月報」の編集長となり、「人生のために」という写実主義の文学を提唱しました。大革命失敗後、パリに住んでいましたが、1929年、帰国しました。帰国後、生活書店の「世界文庫」の編集長を担当したことがあります。抗日戦争勃発後、「上海文化界救亡協会」の発足に参与し、「救亡日報」という新聞をつくりました。また、許広平らと共に、「復社」を創設し、『魯迅全集』や『共産党との連合の歴史』、『レーニン文選』などを出版しました。抗日戦争勝利後、「中国民主促進会」に参加し、全国人民が民主や平和のために戦っていくよう呼びかけるため「週刊民主」を発行しました。
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鄭振鐸(1898ー1958)中国近代的作家、文学評論家、考古学者です。
原籍は福建省長楽にありますが、生まれは浙江省永嘉でした。