中国語講座

皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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新入門編は初めて中国語を学ぶ方やもう一度基本からはじめたい方へ、応用編は中国文化をより深く理解し中国語を身につけたい方へ、役立つ内容をめざしています。

臨湖亭

作者、王維は盛唐の詩人。現在の山西省の人。詩だけでなく画、書、音楽にも長けていました。31歳の時に長安の東南約50キロの山奥にある「輞川荘」という別荘を購入します。そこで、友人の裴迪(はいてき)と別荘内の景勝を詠んだ詩が『輞川集』(もうせんしゅう)と言う名前で、まとめられています。今日の詩は、その別荘のほぼ中央にある欹湖(いこ)の岸辺の水の上に建っている建物「臨湖亭」が、詩のタイトルです。軽舸は船のことで、船でお客さんを臨湖亭に招いたようです。上客、大切なお客さんなのでしょう。軒は日本語なら軒(のき)ですが、ここでは、窓の手すり。お客さんをお酒でもてなす。湖上にある臨湖亭から周りを見回すと四面、つまり辺り一面、芙蓉が開いていると詠っています。当時、芙蓉は蓮の花を指しました。大切なというか、大好きな人をお客さんとして迎えて、湖上でお酒を楽しむ。辺りは満開の蓮の花。湖を渡る涼やかな風と、王維のうれしい気持ちが伝わってきます。

紫陽花詩

者、白居易は中唐の詩人。白楽天の名前でも知られています。現在の河南省新鄭の人。今日紹介した詩は、彼が若い頃、江州の郡守をしていた時、招賢寺というお寺を訪れた時に作られたと言われています。僧侶が名前の分からない紫色の美しい花を白居易に紹介した時に、この詩を僧侶に与えたようです。白居易が花に名前を付けてあげるなんて、よほどこの花に魅了されたのでしょう。ただ、ここで言う紫陽花は、私たちが今呼んでいる紫陽花とは違う花ではないかと言う説もあります。白居易がこの時に魅了された花は、「紫色で、」と言うところまでは今の紫陽花に重なりますが、非常によい香りだったと言いますから、どうもライラックではないかと見られています。当時はネットも写真もなかった訳ですから取り違えもあったでしょう。仙壇は仙人の住む場所。梵家は仏教関連の家と言うことでお寺です。この他は、比較的分かりやすい詩ではないでしょうか。取り違えがあったにしろ、花に名前を付けてあげるなんて、流石に名詩人。ロマンチックですね。

初夏

作者、司馬光は北宋の詩人。政治家、歴史家としても有名です。現在の山西省の人。王安石や蘇軾の師でもありますが、王安石の新法には反対して、野に下り洛陽で15年間隠居しました。この時に歴史書を著しました。今日の詩もこの隠居中の洛陽で書かれたようです。中国の旧暦では、4月、5月、6月が夏です。今の暦なら5月、6月、7月に当たります。タイトルの初夏は旧暦4月、今なら5月のことです。清和は清清しくさわやかなこと。「戸に当たって」は、家の戸口からの意味です。3句目は、北京に暮らすと非常に共感できます。春の間、激しく柳絮が飛ぶのですが、これが収まると季節が夏になったなぁと感じます。この白くふわふわした柳絮に対して、すっと真っ直ぐ伸びるタチアオイの花が登場して、この詩が終わります。初夏と言うタイトルで、いきなり4月、から始まり日本人には、あれ?と思ってしまうかもしれませんが、それ以外は初夏の瑞々しい情景がクッキリと目に浮かぶわかりやすい詩です。

夏日田園雑興

作者、範成大は南宋の詩人。今の江蘇省蘇州の人。陸游や楊万里と並んで南宋を代表する詩人です。役人としていろいろな役職を歴任しました。体調不良を理由に引退し、68歳で世を去るまで蘇州郊外の石湖のほとりで悠々自適な生活を送りました。この石湖のほとりで見た風景などを詩にしているうちに、「田園雑興」というタイトルで1年間で60首になりました。これを季節ごとに「春日」「晩春」「夏日」「秋日」「冬日」の5つに分け、それぞれは12首。今日紹介したのは「夏日」のなかの9首目の作品です。1句目の黄塵、中国の土地はまさに黄土ですから、埃の色は黄色。ほこりにまみれた汗は、漿、麦の粉をといた水のよう、納得です。井香りは、香ばしい井戸水の意味ですから、作者の家には、冷たい井戸水があったのでしょう。確かに、現在、一般公開されている範成大の石湖の別荘には、清水がこんこんと湧き出ている「石湖」と名付けられた井戸があるそうです。この詩は、すごく暑い風景の描写から始まっていますが、2句目の井戸水、4句目の柳の木陰を吹き渡る涼風と読み進むうちに涼やかな気分になってきます。間もなく、暦の上では秋を迎えますが、まだまだ厳しい暑さが続きます。せめて、漢詩の世界で涼をとってください。

廬山の瀑布を望む

作者、李白は盛唐の詩人。杜甫と並び称され、日本でもよく知られています。四川の人で出身地から青蓮居士(せいれんこじ)の号があります。62歳で病のために没しますが、一説には、酒に酔って船に乗っていた時、水に映る月を捕ろうとして、溺死したとも言われています。生き方と共に作品も天衣無縫でスケールの大きさを感じさせるものが多くあります。今日紹介した詩も目の前の景色をダイナミックに詩にしています。「日は香炉を照らし」、の香炉は廬山の中の香炉峰のこと。白居易の「香炉峰の雪は簾をかかげてみる」でもお馴染みかと思います。そして、清少納言の枕草子にも登場します。峰から立ち上る霧が、香炉から香の煙が立ち上っているように見えることから、この名前が付いたようです。滝の水が三千尺、1尺は30センチですから900メートルに渡って落ちる、これはもちろん実際の長さと言うより、それだけ凄いスケールだということです。李白らしさが表れている1句でもありますね。想像しただけでも涼しくなれそうです。百聞は一見にしかず。やはり実物をみてみたいですね。

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