皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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中国人の謙虚な習慣

    謙虚は中華民族の伝統的美徳です。中国は古来から“謙虚は利益、自慢は損失”という言葉があります。謙虚とは、自惚れずに他人の提言と批判を汲み取ることを指します。例えば、中国人は褒められたりした場合、極めて謙虚な態度で受け入れて、「それほどでもありません」などと答えます。実際には、中国人が提唱する“謙虚”の本質は尊重・親密・自律であり、いわゆる“畏縮”や“卑下”ではありません。謙虚な美徳を備えることによって、はじめて進歩することができ、人々から歓迎され尊敬されるのです。

    中国では今日も、謙虚な美徳が歓迎かつ尊敬されています。なぜなら、謙虚な人は成功したあとも自慢せずに、引き続き努力するからです。

中国の伝統的な婚礼習俗

    婚礼を迎える前、男女双方の家庭はいずれも十分な準備をします。例えば、事前に親戚・友人に知らせたり、宴会を準備したりすることです。婚礼の日は、新郎が“花輿”を用意して実家まで新婦を迎えに行きます(現在はほとんど高級乗用車を利用します)。花嫁を迎えるときは、新郎とその親戚が大勢で一緒に行きます。昔は、花嫁を迎える行列に楽隊も含まれていました。新婦は、新郎の家に着くとと天地と父母に拝します。そのときは、新郎が右側、新婦が左側に立って、机の前で肩を並べて、司会者の“一拜天地、二拜高堂、夫妻对拜”(yí bài tiān dì èr bài gāo táng fū qī duì bài,一に天地を拝し、二に父母を拝し、三に夫婦が互いに拝す)という声に従って頭を下げるのです。その後、新婦は付き添い婦に導かれて夫婦の部屋に入ります。民間の習俗によると、男女は天地と父母に拝さないと、正式の夫婦だと言えません。そのため、これは婚礼でもっとも大事な儀式だと言えます。次の儀式は、新郎新婦が夫婦の部屋に入ることです。これと同時に新郎の家で宴を設けて、祝いきた親戚・友人・隣近所の人達をもてなします。

儀礼と風俗2:電話の受け方

    中国では電話を受けるとき、受話器を取り上げて“喂!你好!”とあいさつします。職場で電話を受ける場合は、“这里是×××”(zhè lǐ shì,×××です)と職場の名称を通報し、状況に応じて氏名を名乗ります。自宅で電話を受ける場合は、“请问您找哪位?”(qǐng wèn nín zhǎo nǎ wèi,誰をお探しですか)と尋ねます。自分にかかってきた場合は、“我就是”(wǒ jiù shì,そうです)と答えます。自分でない場合は、“请稍等”(qǐng shāo děng,少々お待ちください)と言って、電話を受ける人を呼びます。電話を受ける人がいない場合は、“×××不在(不在の原因),能帮您什么忙吗?”(bú zài,néng bāng nín shén me máng ma,×××いません)と、礼儀正しく説明した上で、どうすべきか教えます。間違い電話の場合は、“对不起,你打错了”(duì bù qǐ nǐ dǎ cuò le,掛け間違えたようです)と答えます。

中国語の要求と感謝

    漢語では感謝の気持ちやお詫びの気持ちを表すには固定した言い方があります。人に求める場合、一般には「麻煩・・・(má fán,すみませんが・・。お手数をかけますが・・)」、「請・・(qǐng,・・してください。)」といいます。また、人に頼みごとがある場合、鉛筆を貸してもらいたいとき、道を聞くとき、ある事を人に伝えてもらいたいとき、ある人が電話に出るよう他の人に頼むときなど中国人は普段は以上のような丁寧な言葉は使わず、特に、相手が親族や仲のよい友人であれば、なおさらです。中国人は相手が自分の感謝の気持ちを知ってくれていると信じているので、余計な言葉は言わないのです。頼まれた人は相手が「謝謝(xiè xiè,ありがとう)」とお礼の言葉を言ったのに対し、一般には「没什么(méi shén me,いえいえ)」、「不用謝(bú yòng xiè,どういたしまして)」と答えます。

    人に頼んだり、人の話に割り込んだりしたときは、一般には「劳驾(láo jià,すいませんが)」を使い。人に道をゆず手もらうときは「借光(jiè guāng,ごめんなさい)」、あるいは「请让一让(qǐng ràng yi ràng,ちょっと通してください)」といい。また人にものを聞くときは「请问(qǐng wèn,お聞きしますが)」といいます。

中国古代の試験

科挙試験は、封建時代に朝廷が設置した官吏登用の試験で、隋朝時代に開始され、明清時代まで実施されました。明清時代を例に挙げてみますと、科挙試験は、主に下記数種類の内容が含まれます。

童生試:

童生試、つまり童生試験は、現在の入学試験に似ており、年齢の大小に関わらず、試験応募者はすべて“童生”と呼ばれました。そのため、“童生試”と称されるのです。それには、県試・府試・院試の三つの段階が含まれます。その内、主な試験は県試です。県試は各県の長官が主宰し、試験に合格すると“生員”の資格を獲得します。“生員”とは、いわゆる“秀才”のことです。

郷試:

郷試は“生員”の資格を獲得した人が参加する試験です。この試験は各省省都(あるいは都城)で3年に1度、実施されます。ほとんど秋に実施されるので、“秋試”(秋季試験)とも称されます。合格者は“挙人”と称されます。すなわち“中挙”です。

会試:

会試は、各省の“挙人”が都城に集まって参加する試験です。この試験も3年に1度、実施されます。ほとんど春に実施されるので、“春試”(春季試験)とも称されます。合格者は“貢生”と称されます。“貢生”とは、合格者はすでに人材であり、皇帝の選出に提供する“生員”であり、まもなく仕官するという意味です。

殿試:

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