天才の作家蘇軾

皆さんこんにちは、「songyun.org中国語教室」というコーナーを始めました。このコーナーでは中国に関する知識や中国語の勉強方法などをご紹介いたしますので、このウェーブサイトを有効にご利用していただき、この中国語教室が皆様のお役にたちますように心より願っています。

私も日々日本語と英語を勉強していきたいと思っておりますので、今後とも、よろしくお願いいたします。

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蘇軾は字が子膽、東坡居士と号する。四川省眉山県の人。父親は著名な古文家で、そのため家庭の教育がよかった蘇軾は子供のころから大志を抱いていた。官吏として使えるようになると、悪政の改革に熱心に取り組み、国の安定のために奮闘した。地方の官僚や宮廷の大臣として悪政の除去と改革を推し進めた。

蘇軾は豪放な性格で、朝廷の誤りを直接に出していうので、宮廷の派閥闘争の犠牲となった。生涯の半分は度重なる政治的苦難に苦しめられた。43歳から幾たびも流刑に処され、流刑先は次第に遠くなり、環境はますます厳しいものになった。苛酷な生涯の中で、蘇軾は中国の儒教、仏教、道教というの三つの宗教哲学をマスターし、楽観的な姿勢で人生の苦しみに臨む解脱の境地を開くと共に、理想を堅持し、美しい物事への追及を堅持することができた。これによって、蘇軾は自らの人格と節操を守り、厳しい外部からの圧力にも耐えることができたのである。

 
蘇軾は表も裏も一致する人柄で、性格は気骨があり、古い観念に捉われなかった。こうした人格と心理は、中国の封建主義の後期における文人から非常に羨望されるようになった。いわゆる「東坡模範」は中国で800年余りも流行した。

 

蘇軾は非常に才能があり、詩、詞、文でいずれも偉大な成果を上げた。蘇軾の詩は内容が豊かで、風格は多様である。発想が奇抜で、比喩が新鮮で、言葉が高度に形象化されたものであった。蘇軾の詞は独自の風格をもち、詞は男女の愛情を謡うものという古い概念を打ち破り、その内容は社会や人生などより広い範囲に及んだ。蘇軾は散文の面でも実力があり、才能が高かった。唐宋八大家の中で蘇軾の業績が最も大きい。蘇軾は境遇こそ良くないものの、その文章は天下の人々がこぞって模倣した。「蘇軾の文章に習熟したら羊肉、習得できなかったら野菜」という諺さえ伝わっていた。

蘇軾の散文で最も知られているのは、叙事と遊記である。例えば、二篇の「赤壁賦」。前篇の「赤壁賦」は、晴れた月夜や澄んだ秋の川を詠い、後篇の「赤壁賦」は山高く月小さく、水落ちて石表れるという冬の景色を詠う。内容は異なるが、趣向は統一されているというもので、宋代の文章の手本とされる作品である。

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